第八条
心の外に費えの出る事あれど、思い掛けなく儲けのあることは稀なり。思案し出して物使うことはあれど、工夫より出でて利得あるは、その半ばにも及ばず。されど亭主たるもの、在り来たりの見せの利潤に懐手(ふところで)して衣食を費やすは先祖のものをむさぼるなり。例え自身にて仕出したる身代も、天地水木の恩あり。然りとて山ごと等の商売をせよと言うにあらず。我が家業に朝に夕に工夫を廻らし、身をも遣いて衣食の恩を、天道へも、先祖へも、十分の一なりとも報ゆべし。人の世話も随分後のつかぬ事はすべし。
この文は、「商売や生計の心得」について、特に努力・工夫・感謝・報恩を重んじる考えを述べた教訓です。日常の暮らしや家業における金銭感覚、心構え、人との関係など、実直で現実的な価値観が表れています。
第8条
思いがけずに出費が生じることはよくあるが、思いもよらず儲けが舞い込むということは、めったにない。
考えたうえでお金を使うことはあっても、工夫して得られる利益というものは、その(出費した分の)半分にも届かないことが多い。
しかし、それでも亭主(家の主人)たる者が、ありきたりの商売の儲けに安住し、手を懐(ふところ)に入れてのんびりと衣食を消費するのは、先祖から受け継いだ財産を食いつぶしているのと同じである。
たとえ自分の努力で築いた財産であっても、それは天地(自然)、水、木といった恵みのおかげであり、(すべて自分の力ではない)ということを忘れてはならない。
とはいえ、鉱山業などの大がかりな商売をせよというのではない。
自分の家業において、朝な夕なに工夫を凝らし、自分の体も動かして働き、衣食に対して受けている恩を、天地にも、先祖にも、せめて十分の一でも報いるよう努めるべきである。
また、人にしてもらった世話についても、後に見返りのないようなことでも、積極的に行うべきである。
解説ポイント
- 「思い掛けなく儲けのあることは稀なり」
→ 簡単に棚ぼた的な利益は得られない。堅実に生きよという現実的な視点。 - 「在り来たりの見せの利潤に懐手して衣食を費やす」
→ 日々の商売で出る利益にあぐらをかいて怠けるようでは、先祖の遺産を食いつぶすのと同じだという戒め。 - 「天地水木の恩あり」
→ 自然の恵みあってこその生活。感謝と謙虚さを忘れないように。 - 「山ごと等の商売をせよと言うにあらず」
→ 大きなことをしろというわけではない。自分の仕事の中で工夫せよ、という現実的なアドバイス。 - 「衣食の恩を天道へも、先祖へも、十分の一なりとも報ゆべし」
→ 稼ぎの一部を、目に見えない存在(天や先祖)への感謝として捧げるべきだという報恩の教え。 - 「人の世話も随分後のつかぬ事はすべし」
→ 見返りを期待しない奉仕・善行も積極的に行えという利他の精神。
要点まとめ
- 無駄な出費は起こりやすいが、思いがけない儲けは稀。
- 商売において、工夫や努力によって利益を得ることは大事だが、それにも限度がある。
- 現状に甘えず、先祖や自然の恩に報いる心で働くべき。
- 家業の中で地道に工夫を重ねることが、本当の生計の道。
- 利益だけを求めず、人のためになることを見返りなく行う心が大切。
この教えは、現代にも通じる「働き方の倫理」や「感謝と報恩の心」を含んでいます。安易な成功を夢見るのではなく、日々の仕事に誠実に向き合うことの価値を説いているのが印象的です。
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