第二十五条
山師にはめらるると、こしらえ事にかたるるは欲心と浮かつきて信仰するとなり。地道と簡略の他は儲け候えども恥が咎になるなり。此の条々を富貴になり、無病にて命長く、仏神ににくまれ申さぬ伝授と思うべし。百姓町人は系図も芸能も要らず。これを系図とも芸ともすべし。且又、歌書などの上にも花実と言うことあるよし。かように書き残すものは例え身上には障るとも、誠の道第一とかくべきを、先祖位牌所の守りの為に書き候ゆえに、世渡り七分、心のおきて三分に書き綴り候ものなり。
第25条
山師(やまし:詐欺師や悪質商売人)に騙されることや、でっち上げの話に騙されるのは、欲心や浮ついた気持ちから信じてしまうためである。
地道で簡素なやり方以外で儲けても、それは恥ずかしいことであり、結局は自分に災いをもたらす。
この教えは、富と名誉を得て、健康で長生きし、仏や神に嫌われないための伝授だと思ってほしい。
農民や町人には家系図や芸能は必要なく、これらを「家系図」や「芸能」とみなしてよい。
また、歌集などにも「花実」(表面と本質の意味)があると言われている。
こうして書き残しているものは、たとえ自分の生活に多少の支障があっても、真実の道を第一にして先祖の位牌所(霊を祀る場所)を守るために書いている。
世渡りは「七分」、心の置き所は「三分」で記しているものだ。
【語句解説】
- 山師にはめらるる:詐欺師や悪質な商人に騙される。
- こしらえ事にかたるる:でっち上げの話を語ること。
- 欲心と浮かつきて信仰する:欲に目がくらみ、軽はずみな気持ちで信じる。
- 地道と簡略:正当で素朴なやり方。
- 恥が咎になる:恥ずかしいことが災いとなる。
- 富貴になり、無病にて命長く:富と名誉を得て健康で長生きすること。
- 仏神ににくまれ申さぬ伝授:神仏に嫌われない教え。
- 百姓町人は系図も芸能も要らず:庶民には血筋や芸能の知識は不要。
- 歌書の花実:歌集の表面と本質の意味。
- 先祖位牌所の守り:先祖の霊を祀る場所を守ること。
- 世渡り七分、心のおきて三分:生き方のバランスの比喩。
【解説】
この条文は、欲に惑わされず、地道で簡素な生き方を尊ぶことの重要性を説いています。
- 詐欺や偽りの話に騙されるのは、自分の欲望や軽率な心が原因であると警告しています。
- 真っ当な道を外れて儲けることは恥であり、最終的には自分に災いをもたらす。
- これらの教えは、富や健康、長寿、そして神仏の加護を得るためのものだと示しています。
- また、庶民にとっては家系図や芸能の知識は必要ないが、この教え自体を「系図」や「芸能」のように考えてよいとも述べています。
- 歌集の「花実」の話も引き合いに出し、書き残した教えは表面と本質があることを示しています。
- 最後に、生活の術(世渡り)は「七分」、心の持ち方は「三分」として、ほどほどのバランスが大切と結んでいます。
【要点】
欲に惑わされて騙されるな。
地道で簡素な生き方を守れ。
富や健康、長寿は正しい道を歩むことで得られる。
庶民には難しい家系図や芸能よりも、この教えこそが大事。
生活は七割の工夫、心は三割の余裕でバランスをとれ。
此の一巻は薬種店何某子孫につき秘書に属し、書林無弘拡むることを乞う。
先生不吏の小子、故ありて移す事を得たり。願わくば右の志通よはば幸と
し、万代不易と言うべし。古語に改めて憚ることなけれ。速やかに相改め、
曲捨直通、行は万全の基として捨つること勿れ。家のおきてに用いて崇ぶ
べし。
この文章は巻末のあとがきや付記のような内容で、以下のように現代語訳・解説できます。
【現代語訳】
この一巻は、薬種店の何某という者の子孫に関わる秘伝の書物に属し、出版者にはこれを広く世に伝えることを願う。
私は先生に仕えない身の小者だが、何らかの事情でこの書物を写し取ることができた。
願わくば、この志が通じるならば幸いであり、末永く不変の教えとされるべきである。
古い言葉を改めることを恐れる必要はない。
速やかに誤りを正し、曲がったことは捨てて正しいことを通し、それを万全の基本として捨ててはならない。
この書は家の掟として用い、尊ぶべきものである。
【語句解説】
- 薬種店何某子孫:薬の材料を扱う店のある家系の子孫。
- 秘書に属し:秘密の書物、家伝の書に属する。
- 書林無弘拡むることを乞う:出版者や書店に広く世に出してほしいと願う。
- 先生不吏の小子:先生に仕えない立場の未熟な者。
- 故ありて移す事を得たり:何かの理由で写本を得た。
- 右の志通よはば幸とし:この願いが通じれば幸い。
- 万代不易と言うべし:永遠に変わらぬ教えと言うべき。
- 古語に改めて憚ることなけれ:古い言葉を変えることを恐れなくてよい。
- 速やかに相改め、曲捨直通:誤りを正し、曲がったことは捨てて正しい道を行え。
- 行は万全の基として捨つること勿れ:行動は完全な基盤として大事にせよ。
- 家のおきてに用いて崇ぶべし:家の掟として守り敬うべき。
【解説】
この文は、この書がある家の秘伝の教えとして伝えられてきた重要なものであることを示しています。
また、現代においても内容を正しく理解し、誤りは正しつつ、根本の教えは変えずに受け継ぐべきものだという姿勢を強調しています。
書物として広く伝わることを願う一方で、古い言葉や形式にこだわりすぎず、本質を大切にすべきだとも述べています。