• 第二十五条

    山師にはめらるると、こしらえ事にかたるるは欲心と浮かつきて信仰するとなり。地道と簡略の他は儲け候えども恥が咎になるなり。此の条々を富貴になり、無病にて命長く、仏神ににくまれ申さぬ伝授と思うべし。百姓町人は系図も芸能も要らず。これを系図とも芸ともすべし。且又、歌書などの上にも花実と言うことあるよし。かように書き残すものは例え身上には障るとも、誠の道第一とかくべきを、先祖位牌所の守りの為に書き候ゆえに、世渡り七分、心のおきて三分に書き綴り候ものなり。

    第25条

    山師(やまし:詐欺師や悪質商売人)に騙されることや、でっち上げの話に騙されるのは、欲心や浮ついた気持ちから信じてしまうためである。
    地道で簡素なやり方以外で儲けても、それは恥ずかしいことであり、結局は自分に災いをもたらす。
    この教えは、富と名誉を得て、健康で長生きし、仏や神に嫌われないための伝授だと思ってほしい。
    農民や町人には家系図や芸能は必要なく、これらを「家系図」や「芸能」とみなしてよい。
    また、歌集などにも「花実」(表面と本質の意味)があると言われている。
    こうして書き残しているものは、たとえ自分の生活に多少の支障があっても、真実の道を第一にして先祖の位牌所(霊を祀る場所)を守るために書いている。
    世渡りは「七分」、心の置き所は「三分」で記しているものだ。

    【語句解説】

    • 山師にはめらるる:詐欺師や悪質な商人に騙される。
    • こしらえ事にかたるる:でっち上げの話を語ること。
    • 欲心と浮かつきて信仰する:欲に目がくらみ、軽はずみな気持ちで信じる。
    • 地道と簡略:正当で素朴なやり方。
    • 恥が咎になる:恥ずかしいことが災いとなる。
    • 富貴になり、無病にて命長く:富と名誉を得て健康で長生きすること。
    • 仏神ににくまれ申さぬ伝授:神仏に嫌われない教え。
    • 百姓町人は系図も芸能も要らず:庶民には血筋や芸能の知識は不要。
    • 歌書の花実:歌集の表面と本質の意味。
    • 先祖位牌所の守り:先祖の霊を祀る場所を守ること。
    • 世渡り七分、心のおきて三分:生き方のバランスの比喩。

    【解説】

    この条文は、欲に惑わされず、地道で簡素な生き方を尊ぶことの重要性を説いています。

    • 詐欺や偽りの話に騙されるのは、自分の欲望や軽率な心が原因であると警告しています。
    • 真っ当な道を外れて儲けることは恥であり、最終的には自分に災いをもたらす。
    • これらの教えは、富や健康、長寿、そして神仏の加護を得るためのものだと示しています。
    • また、庶民にとっては家系図や芸能の知識は必要ないが、この教え自体を「系図」や「芸能」のように考えてよいとも述べています。
    • 歌集の「花実」の話も引き合いに出し、書き残した教えは表面と本質があることを示しています。
    • 最後に、生活の術(世渡り)は「七分」、心の持ち方は「三分」として、ほどほどのバランスが大切と結んでいます。

    【要点】

    欲に惑わされて騙されるな。
    地道で簡素な生き方を守れ。
    富や健康、長寿は正しい道を歩むことで得られる。
    庶民には難しい家系図や芸能よりも、この教えこそが大事。
    生活は七割の工夫、心は三割の余裕でバランスをとれ。


    此の一巻は薬種店何某子孫につき秘書に属し、書林無弘拡むることを乞う。

    先生不吏の小子、故ありて移す事を得たり。願わくば右の志通よはば幸と

    し、万代不易と言うべし。古語に改めて憚ることなけれ。速やかに相改め、

    曲捨直通、行は万全の基として捨つること勿れ。家のおきてに用いて崇ぶ

    べし。

    この文章は巻末のあとがきや付記のような内容で、以下のように現代語訳・解説できます。

    【現代語訳】

    この一巻は、薬種店の何某という者の子孫に関わる秘伝の書物に属し、出版者にはこれを広く世に伝えることを願う。
    私は先生に仕えない身の小者だが、何らかの事情でこの書物を写し取ることができた。
    願わくば、この志が通じるならば幸いであり、末永く不変の教えとされるべきである。
    古い言葉を改めることを恐れる必要はない。
    速やかに誤りを正し、曲がったことは捨てて正しいことを通し、それを万全の基本として捨ててはならない。
    この書は家の掟として用い、尊ぶべきものである。

    【語句解説】

    • 薬種店何某子孫:薬の材料を扱う店のある家系の子孫。
    • 秘書に属し:秘密の書物、家伝の書に属する。
    • 書林無弘拡むることを乞う:出版者や書店に広く世に出してほしいと願う。
    • 先生不吏の小子:先生に仕えない立場の未熟な者。
    • 故ありて移す事を得たり:何かの理由で写本を得た。
    • 右の志通よはば幸とし:この願いが通じれば幸い。
    • 万代不易と言うべし:永遠に変わらぬ教えと言うべき。
    • 古語に改めて憚ることなけれ:古い言葉を変えることを恐れなくてよい。
    • 速やかに相改め、曲捨直通:誤りを正し、曲がったことは捨てて正しい道を行え。
    • 行は万全の基として捨つること勿れ:行動は完全な基盤として大事にせよ。
    • 家のおきてに用いて崇ぶべし:家の掟として守り敬うべき。

    【解説】

    この文は、この書がある家の秘伝の教えとして伝えられてきた重要なものであることを示しています。
    また、現代においても内容を正しく理解し、誤りは正しつつ、根本の教えは変えずに受け継ぐべきものだという姿勢を強調しています。
    書物として広く伝わることを願う一方で、古い言葉や形式にこだわりすぎず、本質を大切にすべきだとも述べています。

  • 第二十四条

    早まりてキズにならぬ事は十に七、八は取り越してよし。先にする時は人を制する軍法の如し。又、断りとどける事、後日の為に言葉の釘指す事、是も大方早きを良しとす。受け取る金銭をかたくるしく言い出し、悪くとも十が十を乍(なが)ら早か良し。宿に在るよりも確かなり、などと言いて先に変の出来ることあり。併せて盗人用心の為、その座を過すことあり。又、徒然草に「しやせまし、せずやあらましと思うことはせざるが良し」とは家業の外の言葉にて、随分仕はめず、むざと歩かぬがよし。此の条は内はにすると一杯にする駆け引きなり。

    第24条

    失敗しても大きな傷にならないことであれば、十のうち七、八は先に手を打っておいてもよい。
    先に行動することは、人を制する軍隊の戦法のようなものだ。
    また、断りを伝えたり、後々のために言葉でしっかりと釘を刺すことも、基本的には早めがよい。
    お金を受け取る際に細かく言い出すのも、多少悪く見えても、むしろ早い方が良い。
    「宿に預けているよりも確かだ」などと言って先に変動が起きることもある。
    また、盗難防止のために、その場所を早めに離れることもある。
    さらに、『徒然草』にある「してしまおう、しないだろうと思うことは、しないほうがよい」という言葉は、家業以外のことであり、無理に仕組んだり、むやみに動き回らない方がよいという意味だ。
    この条文は、内側で秘密裏に駆け引きをしながら、表向きは慎重に行動するべきだという教えである。

    【語句解説】

    • 早まりてキズにならぬ事:急いでも失敗して大きな問題にならないこと。
    • 取り越してよし:先に行動して問題ない。
    • 人を制する軍法の如し:先手を打つことは戦略的に重要という意味。
    • 断りとどける事:予定変更や断りを早めに伝えること。
    • 言葉の釘指す事:約束事などをはっきりさせること。
    • 受け取る金銭をかたくるしく言い出し:お金のやり取りで細かく条件を言う。
    • 宿に在るよりも確かなり:手元で受け取るほうが安全だという意味。
    • 盗人用心の為、その座を過すことあり:盗難防止のために、居場所を変えることがある。
    • 徒然草の言葉:「しやせまし、せずやあらましと思うことはせざるが良し」=無理に物事を行うなという教え。
    • 仕はめず、むざと歩かぬがよし:無理に仕組んだり動き回らない方が良い。
    • 内はにすると一杯にする駆け引き:表向きは控えめだが、内側ではしっかり駆け引きすること。

    【解説】

    この教えは、「先手必勝」と「慎重な駆け引き」のバランスを説いています。

    • 家業や日常の運営において、失敗しても大事にならないことは積極的に先に動くべきとしています。
    • 特に断りや変更は早めに伝え、金銭のやり取りも細かく確認することがトラブル防止になる。
    • しかし、徒然草の教えにあるように、無理に物事を進めたり、あわてて行動し過ぎることは避けるべきとも言っています。
    • ここでは「表向きは控えめに振る舞いながら、内側でしっかりとした準備や駆け引きを行うこと」が重要だと示唆しています。

    【要点】

    急いでも大きな問題にならないことは、先手を打ってよい。
    断りや変更は早めに伝え、金銭は細かく確認せよ。
    しかし、無理に急ぐのは避け、表向きは控えめに、内側でしっかり駆け引きせよ。

  • 第二十三条

    神は清浄に敬い、仏は信心に念じて、多聞なる寄進にて家業に障る日を費やし、遠路の参詣、神代の巻にも仏経にもせねばならぬとの事なきよし。宗旨争いに人の腹を立て、芸能ゆえ上品の付合いし、旗参りに父母妻子を案じさせ、その身は風湿に当り或は目立つ寄進事をして四、五も経たぬに、不慮の物入りにあい、人に頼母子の大義をかけさなき迄も、問屋の払いをせぬもあるものなり。

    第23条

    神様は清らかに敬い、仏様は信心深く念じればよいものであって、たくさんの寄付をしたり、家業に差し障りが出るほどに日々を費やしたり、遠くまで参拝に行ったり、神代の巻物や仏教経典に忠実でなければならないということはない。
    また、宗派の争いで人の腹を立てたり、芸能のために身分の高い人たちとの付き合いをしたり、旗参り(旗を掲げての参拝)で父母や妻子を心配させたり、自分は風邪や病気にかかっているのに目立つ寄付をしたりして、数年も経たないうちに急な出費に遭い、人に頼母子(頼み事)の大義を訴えなければならなくなることもある。そうした場合に、問屋の掛け払いをしない者もいるものである。

    【語句解説】

    • 神は清浄に敬い:神様には清らかで丁寧な敬いを持つこと。
    • 仏は信心に念じて:仏には信心を込めて念じること。
    • 多聞なる寄進:たくさんの寄付や寄進。
    • 家業に障る日を費やし:商売や仕事に差し障るほど時間や労力を使うこと。
    • 神代の巻にも仏経にもせねばならぬとの事なきよし:神代記や仏教経典に厳密に従わなければならないということはない。
    • 宗旨争い:宗派や信仰の違いによる争い。
    • 芸能ゆえ上品の付合いし:芸事や趣味のために身分の高い人々と付き合うこと。
    • 旗参り:神社参拝で旗を掲げて参拝すること。
    • 風湿に当り:風邪や関節などの病気にかかること。
    • 寄進事をして:目立つ寄付行為をすること。
    • 頼母子の大義:頼み事をする大義名分。
    • 問屋の払い:商売上の掛け払い、代金の支払い。

    【解説】

    この文章は、宗教的な行為や社会的な付き合いに関する節度の重要さを説いています。

    • 神仏への敬いは、形式や多くの寄進に頼るよりも、心の清らかさや信心が大切だと説いています。
    • また、宗派の違いによる争いで感情的になったり、芸事のために身分の高い人々との無理な付き合いをすること、または目立つ寄付のために無理をして身体を壊したり、急な出費に困ってしまうことを戒めています。
    • さらに、そうした無理が原因で商売の支払いが滞る(問屋の払いをしない)こともあるとして、過度な見栄や無理な付き合いは家業にも自分自身にも害になると警告しています。

    【要点】

    神仏への敬いは形式よりも心が大切。
    宗派争いや見栄のための無理な付き合いは控えよ。
    無理な寄付や出費で家業を損なうな。
    それが原因で商売の支払いまで滞らせてはならない。

  • 第二十二条

    よんどころなき頼母子(たのもし)は初めよりやわらかに受けて、頭掛け ばかりにて充分うつくしく言いて除くべし。商売仲間に付きたる時は格別、伊勢講、その他の講も無用なり。尤も人の身上の洗濯は頼母子と出かけねばならず、夫は脇に居て一段と挨拶あるべし。

    第22条

    どうしても避けられない頼みごと(頼母子)は、最初から柔らかく受け入れ、頭を少し下げるように礼を尽くし、美しく丁寧な言葉で断るのがよい。
    商売仲間との付き合いの場合は特に、伊勢講やその他の集まりに参加する必要はない。
    などただし、人生の大きな節目となるような身上の行事(結婚や身内の大事)は頼母子に出席しなければならず、その際には夫は傍らにいて、より丁寧に挨拶をするべきである。

    【語句解説】

    • よんどころなき頼母子(たのもし):どうしても断れない、または避けられない頼みごとや誘い。ここでは「頼母子」というのは人に頼まれた用事や行事のことを指す。
    • 頭掛け:頭を少し下げること、丁寧な礼のしるし。
    • 充分うつくしく言いて除く:礼儀正しく美しい言葉でお断りする。
    • 商売仲間に付きたる時は格別:商売の関係の付き合いのときは特別に配慮する。
    • 伊勢講、その他の講:伊勢神宮参拝のための集まりや、地域・職業の講(集まりや会合)。
    • 身上の洗濯:人生の節目、身内の大切な行事。
    • 頼母子と出かけねばならず:頼母子の行事には必ず参加する。
    • 夫は脇に居て一段と挨拶あるべし:夫は側にいて、より丁寧にあいさつするべき。

    【解説】

    • 断りづらい頼みごと(頼母子)は、最初から柔和に受け止め、礼儀正しく丁寧に断るべきというマナーの教えです。
    • 商売関係の付き合いでは、こうした断り方に特に気を使い、無用な会合(伊勢講など)に出る必要はないとしています。
    • 一方、人生の重要な節目となる行事(結婚式や葬式など)は必ず参加し、夫婦で礼儀正しく振る舞うことが望ましいと説いています。

    【要点】

    どうしても避けられない頼み事は、柔らかく丁寧に受け止め礼儀を尽くして断れ。
    商売の付き合いであれば、無理に講の会合などに出る必要はない。
    ただし、身上の大切な行事には必ず出席し、夫婦で礼儀正しく振る舞え。

  • 第二十一条

    書物の上での事、その外万の利巧人に向いて、理屈めき説き聞かするは身苦し。且又、家業の上の事、或は人のとりなし、人に意見する、是など充分素直なること乍(なが)らそれだに余りくどからぬ様に先き人の気持ちになれ合いて言いたし。

    この一節は、非常に含蓄のある教訓です。以下に現代語訳と詳しい解説を示します。

    【現代語訳】

    書物で得た知識やその他あらゆる物事について、利口ぶって人に理屈っぽく説き聞かせるのは、自分にとっても苦しいことだ。
    また、家業に関することや、誰かの仲裁、あるいは他人に意見をするような場面では、たとえ自分の考えが真っ直ぐで正しかったとしても、くどくならないように注意し、相手の立場や気持ちになって、調和を保ちながら話すようにすべきだ。

    【語句解説】

    • 書物の上での事:書物から得た知識・学問的なこと。
    • 万の利巧(よろずのりこう):あらゆる賢いこと、利口と思われる知恵。
    • 理屈めき:理屈っぽく、理論立てて(しかし往々にして押し付けがましい)。
    • 説き聞かする:説明して納得させようとする。
    • 身苦し:自分自身が気まずい・窮屈になる。自他ともに不快というニュアンス。
    • とりなし:仲裁・仲介。
    • 素直なること乍ら:意見が正直で道理にかなっていたとしても。
    • それだに:それですら。
    • 余りくどからぬ様に:あまりくどくならないように。
    • 先き人の気持ちになれ合いて:相手の気持ちになって、うまく調和を保って。

    【解説】

    この教えでは、大きく2つの姿勢を戒めています:

    ❶ 知識を振りかざすことへの戒め

    • 書物で学んだ知識や「利口そうな話」を人に説き聞かせることは、本人も聞き手も不快になる。
    • いかにも学んだ風な理屈を並べ立てるのは、謙虚さを欠き、相手との関係を損ねかねない。
    • 知識は人に示すものではなく、自分の行動に生かすものという姿勢が大切。

    ❷ 他人に意見・助言するときの慎み

    • 家業について指導する場合や、仲裁・意見を述べる場面でも、たとえ内容が正しかったとしても、
      • くどくならないように
      • 相手の気持ちを思いやりながら
      • 穏やかに調和を持って伝える
    • つまり、「正しさ」より「伝え方」や「人との和」を重視するべきという考えです。

    【要点】

    知識を鼻にかけて理屈っぽく語るな。
    たとえ正しい意見であっても、押しつけず、相手の気持ちに立って、柔らかく言え。

  • 第二十条

    万(よろず)の取裁き、人中の世話やき、相談ごとは人の後につくべし。 頭立つべからず。

    第20条

    あらゆる物事の取りまとめや、人付き合いの世話、相談ごとの処理にあたっては、常に人の後に従うようにすべきである。
    自分が先頭に立って出しゃばってはいけない。

    【語句解説】

    • 万の取裁き(よろずのとりさばき):あらゆる事務処理、物事の調整や取りまとめ。
    • 人中の世話やき:人間関係における仲立ちや取り持ち、いわゆる「世話役」的な行動。
    • 相談ごと:人から持ち込まれる悩みごと・話し合い事。
    • 人の後につく:他人に従って控えめに振る舞うこと。
    • 頭立つべからず:先頭に立ったり、出しゃばったりしてはならない。

    【解説】

    この教えは、人間関係や共同体での立ち居振る舞いにおいて、出しゃばらず控えめであることの大切さを説いています。

    • どんなに正しい意見や良かれと思う行動でも、自分から先に出てしまうと、周囲から反感を買いやすい。
    • 特に「世話焼き」や「相談役」のような立場は、求められてもいないのに自ら前に出ると、ありがた迷惑になったり、衝突の原因にもなります。
    • したがって、まずは他人の意見や行動をよく見てから動き、あくまで「後からついていく姿勢」でいるのが賢明だ、という慎みの教えです。

    【要点】

    人の上に立とうとせず、出しゃばらず、控えめに振る舞え。助け舟を出すにしても、先走るな。

  • 第十九条

    諸芸は人に知られぬを良しとす。若(も)しその道の友達、組合のいらぬ 事一通りさっと覚えたるもよけれ。家業に少しも障(さわ)らば無用なり。

    第19条

    芸事は、他人に知られないくらいがちょうどよい。
    もし、その道の仲間や団体に属さずに、一通りさらっと身につけるくらいなら、それでもよい。
    しかし、家業(本業)に少しでも支障をきたすようなら、やる意味はない。

    【語句解説】

    • 諸芸:諸々の芸事。音楽・舞踊・書道・茶道など、趣味的な技能全般。
    • 知られぬを良しとす:あまり人に知られない、目立たないほうがよい。
    • その道の友達、組合:芸事の専門的な仲間や流派、団体。
    • いらぬ事:加入せずともという意味で、「組織に属さないこと」。
    • さっと覚えたるもよけれ:さっと一通り覚えるくらいならよい。
    • 家業に少しも障らば:本業に少しでも支障があれば。
    • 無用なり:やる必要がない。意味がない。

    【解説】

    この教えは、芸事を嗜むことの分をわきまえる重要性を説いています。

    • 芸事は趣味やたしなみとして楽しむにはよいが、それをひけらかしたり、のめり込んで本業(家業)を疎かにしてしまっては本末転倒だという考えです。
    • 特に、芸事の世界の組合(流派など)に深入りすると、時間やお金を取られることもあり、本業に差し障る恐れがあります。
    • したがって、「さっと」「一通り」覚える程度ならよく、それも他人に知られないくらい控えめが美徳とされます。

    【要点】

    芸事はほどほどに。人に見せびらかす必要はなく、本業に支障をきたすならばやめるべき。

  • 第十八条

    総じて賀例などとて何を整えねばならぬということなかるべし。世間にはづれぬ様にその中にも随分さらりとすべし。殊に正月暮との事、品少なきを良しとす。手前先祖より燈明を神棚へ捧げすえ、下に一所に燃し来たり候へ。その他茶の焙じ立て、火打箱、こたつ用心専一なり。

    この条文(一八)は、年中行事(特に正月や節目の儀礼)における節度と実用性、そして先祖や神仏への敬意を保ちながらも、無駄なく簡素に暮らす心構えを説いています。

    第18条
    お祝いのしきたり(賀例)だからといって、あれこれ整えなければならないということはない。世間から浮かない程度にしつつも、できる限り簡素に済ませるのがよい。
    とりわけ正月や暮れのことは、品物の数が少ないことをよしとする。
    自分の家では、先祖代々の習わしにより、燈明(ともしび)を神棚に供え、下でも同じように火を灯して続けてきたので、それを守るがよい。
    そのほか、茶の焙じたて、火打箱、こたつなど、実際の火の用心には十分に気をつけること。

    解説

    この条文の主なポイントは以下の通りです。

    ① 形式や見栄ではなく、節度と実用性を重視せよ

    • 「賀例」=祝儀や年中行事(正月、節句、暮れの支度など)を指します。
    • 世間体だけを気にして形だけを整えるのではなく、「さらりと」=簡素・自然体に行うことが望ましいとしています。
    • 「世間にはづれぬ様に」=他人から浮かない程度には整えつつ、無駄に贅沢をしないことが大切。

    ② 「品少なきを良しとす」

    • 特に正月や年末年始の飾り・贈り物などは、たくさんそろえるより、質素であるほうがよいという価値観。
    • これは、虚飾や浪費を戒め、家庭を守るための教訓でもあります。

    ③ 信仰心・家風の継承

    • 「手前先祖より燈明を神棚へ捧げすえ」=先祖からのしきたりで、神棚に灯明を供える習慣は大切に。
    • 「下に一所に燃し来たり候へ」=神棚だけでなく、その下(居間など)でも火を灯してきた慣習を続けよ。
    • これは、神仏への敬意・先祖のしきたりを大切に守る心の重要性を説いています。

    ④ 暮らしに必要な備えと火の用心

    • 「茶の焙じ立て」=正月の客用にもなるが、香ばしさや温かみを感じる実用的な用意。
    • 「火打箱」=火を起こすための道具。昔は火の元の管理に必須。
    • 「こたつ」=寒さをしのぐための道具。ここでも**火の用心を最も大事にせよ(専一なり)**と強調されています。

    現代的な応用

    • 年末年始に必要以上に飾り立てたり高価なものを整えたりすることに意味はなく、簡素で心のこもった支度こそ価値がある。
    • 家のしきたりや信仰的な慣習を大切に受け継ぐことは、形より心を重視する文化の表れ。
    • 防災・防火など生活上の注意を最優先にせよという非常に実践的な教え。

    総評

    この条文は、家庭の平穏と品格を守るための年中行事の心得を説いたものであり、日本的美徳と生活哲学が詰まった実用的かつ道徳的な指針です。

    • 浪費せず
    • 見栄を張らず
    • 心を込めて簡素に整え

    安全第一を忘れない

  • 第十七条

    浄瑠璃かたり、山師、酒狂の癖のある人、立ち入り無用なり。法は随分有難き物なれど、出家衆、儒者衆、神道者、山伏達の表立ちたる用心の他にひたひた出入りて吉事は出来ぬものなり。芸者、山師の様に嫌えとにはあらじ、医師は是も諸家者流れなれど、人柄さえ良くば近づくべし。但し、病人ある時は人柄も義理もいらず。

    この条文(一七)は、人間関係において付き合うべき人・避けるべき人の見極め、そして状況による接し方の柔軟性を説いています。特に、世間との付き合い方や信仰・芸能・医療との距離感など、実生活に根差した処世訓が表れています。

    第17条、
    浄瑠璃を語る者、山師(詐欺師まがいの者)、酒癖の悪い人などは、家に立ち入らせるべきではない。
    宗教や学問はたいへんありがたいものであるが、出家(僧)、儒者、神道者、山伏などが、表立った目的や用件もなく、頻繁に出入りするようでは、良いことは起こらない。
    芸人や山師のような人々を、無闇に蔑んで避けよというのではない。
    医者もまた各家に出入りする職ではあるが、人柄がよければ親しくしてもよい。ただし、病人が出たときには、人柄も礼儀も関係なく、すぐに診てもらうべきである。

    解説

    この条文では、以下のような人物の見極め方・立ち入りの是非について述べています。

    ① 家に入れてはならない人

    • 浄瑠璃語り:娯楽芸能に関わる人。ここでは放蕩・非生産的なものの象徴。
    • 山師:詐欺師的な人物。うまい話で人を騙す。
    • 酒狂の癖ある人:酒に溺れて理性を失う者。家庭に混乱をもたらす。

    これらの人物は、一見面白そうでも家庭に害をなす存在とされ、出入りを禁じています。

    ② 宗教・学問関係者も要注意

    • 出家、儒者、神道者、山伏などは本来尊ぶべき存在。
    • しかし、**「表立ちたる用心の他にひたひた出入り」**する(=正当な目的もなく出入りが頻繁)ような場合は、かえって家運にとって良くない。
    • つまり、いかに高尚な職であっても、節度を欠けば信頼を損なうという実務的な見方。

    ③ 芸人・山師などへの距離の取り方

    • 「嫌えとにはあらじ」=芸人や山師を一概に忌避せよというわけではない。
    • 要は、近づきすぎるな、節度を持てという教え。

    ④ 医者との付き合い方

    • 医者も「諸家出入りの職」=多くの家に関わる職種。
    • 人柄がよければ親しくしてよいが、病気の時は別。
    • 病人が出た場合は、「人柄も義理もいらず」=とにかくすぐに診てもらうことが最優先。
    • これは、人間関係の礼節よりも実利を優先すべき状況があることを示しています。

    現代的な応用

    • 信頼できない人物(依存傾向・詐欺気質のある人)には近づかない。
    • どんなに高尚な肩書きでも、節度を持って接しない者は避ける。
    • 芸能や遊興とは一線を引いた付き合いを。
    • 緊急時(医療など)は人間関係よりも専門性を最優先せよ

    この条文は、

    • 「人を肩書きで判断するな、実際の振る舞いと距離感が肝心」
    • 「家庭の内に入れる人間は選べ」という現実的で実践的な生活の知恵  を教えています。
  • 人の家のものは十が八、九姑(しゅうとめ)婆(ばば)殿(どの)よりおこられり。嫁の苦しみひどき、殺生程のことなり。女子の育て時に婆々になりて、嫁をにくまぬ様の伝授にてもありそうなものなり。但し、連れ添う夫の言い聞かせ様にて、年寄りて嫁いびらぬ仕方有らんか。
    扨又、身上の破れは百が八、九十は倅の不心掛なり。その因は親の育て様、見せ聞かせする事、大事なり。
    身上ばかりにてもなし。其の子邪智悪行ありて、他人に迷惑を残すは、その身上を破るよりもまさりて悪し。親もとがにならまし。

    この条文(一五)は、家庭内の人間関係(特に姑と嫁)、子どもの育て方と家の行く末、そして親としての責任について説く、とても深い教訓です。

    第15条
    家庭のもめ事のうち、十のうち八、九までは、しゅうとめ(姑・祖母)から始まっている。嫁の受ける苦しみはひどく、まるで殺生に等しいほどである。
    娘を育てる時には、将来自分が姑になることを踏まえて、将来の嫁に憎まれないような生き方を伝えることがあっても良いはずだ。
    ただし、嫁と姑の間をうまく取り持つには、夫の言い方や態度が大切である。うまく言い聞かせることで、年老いた姑が嫁をいびらないようにできる道もあろう。

    また、家(財産や家名)の没落は、百に八、九十は、息子の心得違いによるものである。
    その原因は、親の育て方、日々の見せ聞かせ(教育や手本)が肝要なのだ。
    それに、財産を失うだけでは済まない。子どもが悪知恵をはたらかせ、悪事を働いて他人に迷惑をかけるようなことがあれば、それは財産を失うよりも、はるかに悪いことである。
    そうなったら、親が責めを負うべきであろう。


    解説

    この条文には、家庭倫理・教育観・親子関係の道徳がぎっしり詰まっています。

    ① 家庭内の問題は、しゅうとめ(姑)に起因することが多い

    • 「十が八、九」はほとんどという意味。
    • 嫁にとっての苦しみは、時に人の命を奪うほど(=殺生)だと、非常に強い言葉で表現。
    • ここには、家庭内での力関係や不公正を正す視点があります。

    ② 女子教育=将来の姑としての自覚も含めるべき

    • 女子(娘)を育てる時に、将来姑になった時に嫁をいじめないように、「伝授」すべきだ、と説いています。
    • 教育とは、ただ嫁入りの準備だけでなく、人を受け入れる立場になった時の心構えも教えるべきだという点は、現代にも通じます。

    ③ 夫の態度が嫁姑関係の鍵を握る

    • 嫁姑問題は、実の息子=夫の言動次第で大きく変わる。
    • 「言い聞かせ様にて」=夫の仲介・調整次第で、姑がいびらなくなる方法もある、と実際的。

    ④ 家の破綻の大半は子の心がけの悪さによる

    • 「百が八、九十」=家が傾く原因の90%以上は、息子の不始末。
    • しかし、その背後には、親の育て方・日頃のしつけ(見せ聞かせ)がある。

    ⑤ 財産よりも、子の人間性こそ重大問題

    • 子が悪知恵を働かせ、悪行をなすことで、他人に迷惑をかけることが最悪。
    • それは身上を失うこと以上に悪質な結果であり、その責任は親にある、とまで断じています。

    現代的な意義

    • 嫁姑問題の構造的理解と夫の役割の重要性。
    • 子育ては「将来の社会的立場」まで見通して行うべきという視点。
    • 財産よりも「人間性を育てる」ことの大切さ。
    • 子の過失も、親の責任として受け止めよという厳しい道徳観。

    とても含蓄の深い条文であり、家庭倫理・教育論・世代間関係にまで通じる内容です。